「善言者不善、善者不善言」
(弁ずる者は善ならず、弁ずる者は善ならず)
原文の出典は出てきませんが
中国春秋時代(前770~前403年)の「老子」にある
「善者不辯」(善なる者は弁ぜず)」などの表現に通じる
と言われています。
「善者不辯、辯者不善」とは、
本当の徳や実力がある人は、
口先でうまく弁解や説明をしない
という意味の言葉です。
逆にも同じです。
口先が達者で弁が立つ人は、
かえって本当の誠実さや実質が伴っていないことが多いこと。
もう2000年も前の人が言っていることが
今になって少しも変わりません。
口先が達者で誠実さや実質も伴っている人も
まれにいますが
人間は物事をバランスで考えると
やはり可笑しいではないかと判断するでしょう。
画家や芸術家など
マネージャーが付いているのがそのためです。
研究者も同じです。
本物研究者は「善言者」ではなく
口下手のはずです。
ほぼ同じ経歴で先に出世したり上に立ったりする人は
「善言者」が多いに間違いありません。
実質の伴わないほど「善言」に頼り
実質の部分ができている人は善言で飾ったりする
必要はないからです。
世の中に外見で判断し
こういううまく「偽装うまく」した人信ずる傾向があります。
できない相手に平気で「よくできた」とか言う人や
むやみに賛辞を送ったりする「褒め上手」って人たちは
まず誠実さや実質も伴っていない人でなければ
できないはずです。

